2011年9月11日日曜日

寄付の見える化


 「東日本大震災関連で日本赤十字社に寄せられた寄附金は、2600億円を超えた。その9割強は自治体に送金されたが、義援金として届いたのは寄付総額の4分の1にすぎないという。寄付金に込めた気持ちが強ければ強いほど、義援金が「届いてない」ことに寄付者はいら立ちを隠さない。実にたくさんの人たちが、寄付という社会参加を経験した。その満足感が不信感に転じないようにするには、寄付の「見える化」を進めるしかない。

■何を公開すべきか
 もちろん日本赤十字社をはじめとして、寄付を受ける側は見える化に無関心なわけではない。同社のHPには義援金の受付額と送金額の速報値が掲載され、「各都道県毎の送金内訳」や「被災者への配分済額」なども情報提供されている。
 それによれば(11年7月7日現在)、各都道府県に設置された「義援金配分委員会」への送金額は、2377億9000万円である。このうち被災市町村へは1997億円が送金されたが、義援金として配分されたのは669億円にとどまる。義援金が「届いていない」という寄付者の印象は、こうした「事実」に裏づけられている。
 「届いていない」のは、どこかで誰かが抜き取ったわけではない。被災者に届けられないさまざまな事情があるはずだ。しかし、日本赤十字社は被災市町村それぞれの事情について知る由もなく、HPは前記の数値をあげるだけである。
 これでは寄付者の不信感は解消できない。すべての被災市町村でなくても構わないので、義援金を配分できずにいる事情を類型化したり、例示して説明ができないだろうか。そうすれば、寄付者は義援金が「届いていない」のではなく「遅れている」ことを理解するだろう。そうした工夫や努力を怠ったために、寄付者の不信感が増すのだ。
 見える化とはビジネス用語だが、誰にでも状況や問題が見えるようにすることをいう。義援金の配分の状況は公表されているが、その問題の所在・内容が見えないことが不信感を生み出したのだ。


■寄付の集め方の転換
 寄付の見える化を進めていくうえで重要なのは、このような情報提供の方法だけではない。日本赤十字社という包括的な「枠組み」だけで寄付を集めてきたことも、寄付の見える化を妨げてきた。その組み替えも必要になろう。
 他の寄付金も同じだが、これまでは寄付の相手方に対する共感と信頼だけで、寄付を集めることができた。一方、寄付を受ける側は、自分たちがいかに信頼できる組織か、寄付をどのように活かすのか積極的に公表することで、共感と信頼を獲得してきた。
 言い換えるならば、組織だけを基準に与信を行ってきたのである。住宅ローンやクレジットカードの中には、借入する人の「勤続年数」を問うものがある。これも会社などの組織を基準に、信頼できるか否かを決めてきた時代の名残りである。
 しかし、そのようにして、一人ひとりの人間の支払い能力の有無を見ないで、与信が成り立つはずがない。寄付についても、どんな組織かという「枠組み」だけでなく、どのような寄付事業なのかを寄付者が見きわめて行動するように、徐々に変わっていくはずだ。
 端的に表現するならば、組織に対する寄付ではなく、その組織の事業(プロジェクト)に対する寄付への転換だ。それは、組織のプロフィールだけでなく、寄付を求める事業の目的、内容、方法等を具体的に明らかにすること、つまり寄付の見える化をさらに進めていくことになる。


■京都地域創造基金の先進性
 09年3月、画期的な財団が設立された。京都地域創造基金である。全国でも珍しい「市民立」の財団で、財団の基本財産300万円は、1人1万円300人の寄付によるものだ。なお、同基金は同年8月に公益財団法人として認定され、寄付優遇税制も活用して多彩な活動を展開している。
 京都地域創造基金はこうした設立の経緯だけでなく、注目すべき数多くの寄付事業にチャレンジしている。また、東日本大震災後には、「災害ボランティア支援基金」や「被災者をNPOとつないで支えるプロジェクト応援基金」を立ち上げ、寄付を通じた被災地・被災者支援に全力をあげている。
 その先進性として私がもっとも関心をもったのが、プロジェクト寄付とでもいうべき寄付事業の方法だ。
 たとえば、「事業指定プログラム」という寄付事業は、寄付を求めるNPO等からプロジェクトを募集し、選考されたプロジェクトについて、同基金と提案NPOとが協力して寄付集めをする。また、「テーマ等提案型プログラム」は寄付の対象となるテーマを社会に提示し、集めた寄付金をテーマに関連する市民活動に助成する。
 同基金のHPには、これらのプロジェクトやテーマの詳細が掲載され、寄付者に対する積極的な情報提供を行っている。このように、組織に対する寄付ではなく、事業に対する寄付を求めることで、寄付の見える化を高めた点が先進的なのだ。
 京都地域創造基金の寄付集めの方法を見れば見るほど、著名な組織による義援金や支援全に寄付をするという、これまでの寄付の方法が旧態依然であることを痛感する。そして、寄付する側も寄付される側も、あいまいさを抱えたままでは不信感が芽生えるのも仕方ないと思ってしまう。
 11年6月には、同じ「市民立」の地域創造基金みやぎが設立された。相次ぐ市民ファンドの登場は、寄付の見える化をさらに進めていくにちがいない。


■ふるさと納税も転換を
 寄付集めをプロジェクト型にして、寄付の見える化を進めていくことは、被災自治体に対するふるさと納税でも有用だ。このほど、その典型例となる画期的なプロジェクトを、岩手県が立ち上げた。津波震災孤児等を支援するための「いわての学び希望基金」だ。HPによれば、11年6月8日の県議会で、基金に関する条例が制定され、正式に設置された。津波震災孤児等が郷土において安心して育つことができるよう、その「くらし」と「まなび」を支えることが基金の目的である。
 個人が「いわての学び希望基金」に寄付する場合、ふるさと納税を活用することができる。ふるさと納税については本連載118回(11年5月号)でも取り上げた。被災自治体がこうした具体的なプロジェクトを示すことで、ふるさと納税という寄付の見える化かさらに進んでいくことを期待したい。
 岩手県という組織の名称ではなく、「いわての学び希望基金」というプロジェクト名や、津波震災孤児等への支援という目的を明示することで、寄付への関心と参加は大きくなるはずだ。見える化は目的ではなく、寄付という社会参加を促すための手段である。
 いま私か夢想しているのは、被災自治体かふるさと納税を活用したプロジェクトを次々に立ち上げ、岩手県のように寄付を広く募ることである。そして、それに呼応して、全国の市民と企業が、ふるさと納税に積極的に取り組んでいくことである。被災自治体のプロジェクトの目的、内容、方法等の寄付メニューとともに、ふるさと納税した人たちの思い・体験談も合わせて伝えられサイトを、有志で立ち上げたい。
 確かに、被災自治体が抱える問題は大きく、そんな余裕はないだろう。一方、私自身にも余裕はなく、多忙と過労で折れかかっている。しかし、互いの困難を乗り越え、何としてでも「息の長い支援」を実現したい。

(奥津茂樹「市民と行政を結ぶ情報公開・個人情報保護」連載121回、月刊『ガバナンス』2011年8月号、ぎょうせい)